2010年05月16日

旧伊藤伝右衛門邸

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★旧伊藤伝右衛門邸は、福岡県飯塚市幸袋にある、広大な旧家です。

★伊藤伝右衛門といえば、筑豊炭田華やかなりし頃の炭坑王として知られています。が、もう一つ、やはり、柳原白蓮、との関係が有名でしょう。

★伊藤伝右衛門は、1861年、貧しい家に生まれます。父親が炭鉱経営を軌道に乗せ、それを引き継ぎます。良質な炭坑を掘り当てたことで、一気にブレイク、巨万の富を得ます。

★妻に先立たれた彼は、52歳にして再婚します。新婦は伯爵家令嬢、柳原暁子、27歳。暁子の兄の貴族院出馬の資金要請、伝右衛門の名門家との結びつきを望む心、利害が一致したといわれていますが、伝右衛門は学校経営も行っており、世のために働きたい、という暁子の気持ちもあったようです。

★結婚して、二人が一緒に暮らし始めたのが、ここ、旧伊藤伝右衛門邸です。とにかく広い!そして、和洋折衷の、贅を尽くした造りが、訪れた人を魅了します。写真は、伝右衛門邸の庭ですが、広くて綺麗ですよね。。

★しかし、たたき上げの川筋気質で、女性遍歴が過ぎる伝右衛門と、文学好きの、伯爵令嬢たる暁子とは、そりが合うはずもなく、、やがて、暁子は、白蓮と名乗って、歌に精を出すようになります。福岡市天神と、別府市青山にあった、伝右衛門の別邸、通称あかがね御殿で、白蓮はサロン活動を行い、筑紫の女王、と呼ばれたのでした。

★やがて白蓮は、結婚後10年にして、別の男性と恋に落ち失踪、そして、有名な”公開絶縁状”が、新聞に掲載されたのでした。二人は遂に別離、伝右衛門は生涯再婚せず、88歳で天寿を全うします。白蓮は、華族籍を剥奪され、幽閉されます。その後、その男性と結婚し、二人の子供に恵まれますが、長男は戦死してしまいます。その悲しみを乗り越え、彼女は天寿を全うしたのでした。

★伝右衛門と白蓮、二人が激動の10年間を過ごしたのが、この旧伊藤伝右衛門邸なのです。

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ラベル:飯塚市
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2010年01月27日

亀山社中跡・龍馬のぶーつ像

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今回は、今年のNHK大河ドラマ「龍馬伝」の主人公でもある、
坂本龍馬が中心となり結成した、『亀山社中』の跡を見に行ってきました。

日本初の商社とされる亀山社中。
1865年夏ごろ、脱藩者である龍馬は、薩摩藩や長崎の商人である小曽根家の援助を受け、
長崎の亀山地区にあるこの家屋で銃器などの貿易などの取引をしたとされています。

長崎市内の風頭山の中腹にある亀山社中跡の建物ですが、
実は今現在も個人所有の日本家屋。辺りは古くからの住宅街です。
昨年から長崎市が整備・公開をしています。入場料は大人300円です。
龍馬を中心とした幕末を駆け抜けた志士達が過ごした時代の息吹を感じられる空間でした。

また、亀山社中からすぐに、「龍馬のぶーつ像」があります。
「日本で最初にぶーつを履いたと言われる坂本龍馬。下級武士である龍馬はぞうりしか履けなかった。
自由の地長崎に来て、龍馬はぶーつを履いて大いに張り切ったという」と書かれていました。
亀山社中設立130年を記念して造られたこのぶーつ像。
ぶーつを履いて、舵輪に手をかけて、長崎の海を見下ろせば、
龍馬の気分が味わえるのではないでしょうか?!
ちなみに、大人でも、靴を履いたままでもぶーつを履いて記念撮影できますよ★

次回は、亀山社中跡からまた山を登った、風頭山の山頂を訪れてみたいと思います。

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ラベル:長崎市
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