2012年03月03日

三浦町カトリック教会

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三浦町カトリック教会は、JR佐世保駅のすぐ近くにあります。佐世保駅をおりて、駅前広場から大通りである国道35号線に出ると、すぐに見つけることが出来るでしょう。佐世保市を代表する建造物の1つです。

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教会堂は、明るいベージュ色のゴシック様式です。青空に大尖塔が良く映えますね。昭和6年竣工です。佐世保は、戦時中、重要な軍事拠点でした。そのため、昭和20年、佐世保大空襲を被ったわけですが、その中でもこの教会は、奇跡的に破壊を免れました。

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教会は高台に有り、国道からは、つづら折りの急な階段を上らなくてはなりません。

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教会の前に立っておられるのは、イエス様でしょうか?

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我は道なり、真理なり、生命なり、と書いてあります。

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教会の中庭です。

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大きく手を広げ、人々を見守っておられます。

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教会から見た国道側の景観です。中央にあるお洒落な建物は、多目的ホール、アルカスSASEBOです。長崎県立大学の入学式と卒業式はここで行われるそうです。

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大変美しい教会です。

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ラベル:佐世保市
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2010年04月03日

平和祈念像と浦上天主堂

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長崎市の北部、松山町の平和公園内にあるこの像は、
1955年、島原出身の彫刻師、北村西望によって建てられました。
「右手は原爆を示し、左手は平和を、顔は戦争犠牲者の冥福を祈る」という、
作者の言葉が台座の裏に刻まれています。

1945年8月9日に炸裂した原子爆弾によって、街は壊滅的な被害を受け、
7万3千余りの尊い人命が奪われ、また多数の市民が負傷しました。
その後、毎年8月9日は「長崎原爆の日」とし、平和祈念像前の式典広場で
「原爆犠牲者法要ならびに平和祈念式典」が行われています。

また平和公園内には、「長崎原爆資料館」「国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館」などもあり、
原爆の実相を訴えるとともに、真の平和について考えることができます。

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平和公園から歩いて5分ほどの小高い丘に「浦上天主堂」があります。
ここ浦上地区では、キリスト教の日本伝来からカトリック信者が多く、
江戸幕府のキリスト教禁制下においても「隠れキリシタン」が多く摘発されました。
その後明治維新後禁制が解消された後、1914年3月、大聖堂が権堂され、
1924年にはシンボルである「双塔」が完成しました。
当時としては東洋一の威容を誇る大聖堂でした。

しかし1945年の原爆投下により、爆心地から僅か500mほどの場所にあった浦上天主堂は、
一瞬で破壊され、数本の石柱と僅かなレンガの堂壁を残すのみだったそうです。
後の1959年11月、多くの信者や支援者の功を経て、
現在の浦上天主堂が新築され現在に至り、建物・信徒数とも日本最大のカトリック教会となっています。

また、原爆で残された遺壁は「浦上天主堂遺壁」として、平和公園内に移築されています。
長崎の歴史を語る上で外す事のできない「原爆」と「キリスト教」。
長崎を訪れた際には、是非お立ち寄りになられてはいかがでしょうか。

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ラベル:長崎市
posted by EASCORP2 at 22:14| Comment(0) | 教会 Church | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする



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